たまには勉強してみよう・・・
1521年に、ポルトガル人航海者フェルディナンド・マジェランが、スペインの公務で渡来し、突然「この島をスペイン領にする!」と主張。フィリピン苦難の歴史、いよいよ開幕である。
原住民にすれば、「なんじゃそりゃ」といった気分であっただろう。あんた達が来る何千年も前から うちらはここに住んでるってのに、これは一体何事だ?と思ったに違いない。当然スペイン軍に戦いを挑んだわけだが、原住民は強かった!!ボスのマジェランを倒し、原住民の酋長・ラプラプ(注=人名)は、今なおフィリピン人の間で英雄扱いされている次第である。
し・か・し!その22年後の1543年に、ルイ・ロペス・デ・ヴィラロボスという、誰だか知らないが、たぶんおじさんと思われる人物が再びフィリピンに乗り込んできて、勝手に島を“FILIPINAS”(フィリピナス)と名付けてしまった。こりゃあもうお手上げである。原住民も、チェッなどと舌打ちをして、一通り怒ってはみたが、どうにもこうにもならなかった。そして、それ以後300年に渡るフィリピンのスペイン統治時代が始まったわけだ。
これと同時にキリスト教が伝来し、カトリックが全島に広がり始める。フィリピン人は、今もこの統治時代を恨んではいるのだが、なぜかこの時伝わったキリスト教を、現在も国民のほとんどが信仰しているのでいささか都合が良い気もするが、まぁよい。
その300年のうちに、オランダ・中国・ポルトガルがフィリピンを狙ってみたのだが、スペインの統治はなお続く。
時は流れ1898年6月12日、時の指導者エミリオ・アギナルドが、フィリピンの独立を宣言。ようやくスペインを払いのけることに成功したわけだ。国民は、「イエーイ!これで俺達の天下だぜぇ〜」と喜んだ(と思う)が、この年、スペインVSアメリカの戦争が勃発。フィリピンはアメリカ側に加担し、よくも300年ものさばってくれたなこのやろーと、ここぞとばかりに戦い、勝利を収めた。
だが!しかし!終戦後、アメリカは「フィリピンは俺らのもんだぜ」と、スペインから2000万ドルでフィリピンを買い取った。一難去ってまた一難といったところだ。
アメリカ軍政が続く1935年、マニュエル・エル・ケソンが大統領になるが、またもや戦争勃発・・・この第二次世界大戦中(1942年1月2日のマニラ占領から)2年間は日本軍の軍政下におかれた。おいおい・・・日本もかい・・・私の愛するフィリピンに何てことしてくれたのさという心境だ。フィリピン人を大量虐殺したり、日本軍はたいそう酷い事をしたらしい。この件に関しては、私としてはフィリピンの人にひたすら申し訳ない・・と謝る他ない。それほど酷い事をしたのだということを、日本人は知っておくべきである。
フィリピンが現在の共和国として正式に独立したのは、1946年7月4日。私の産まれるたった33年前である。日本は大昔からさっさと独立していたのに、フィリピンは以外に最近独立した。
とはいっても超ビンボー。どん底状態で、これじゃぁやっていくのは大変だ・・・と、5年間はアメリカの従属。色んな国を行ったり来たりして、つくづく大変な国である。
その後、有名なマルコス大統領の登場となる。彼は、まあ、フィリピンの為に色々やったのだが、抜本的改革をしなかったために、GNP上がれど貧富の差はひらくばかり。更に政治もズルばっかりやってずーっとオレの天下だぜ、わっはっはーとやっていた為、国民の怒りの鉄拳がとんだ。そりゃそうだ。選挙で100万単位の不正票を操作するような奴に国をまかせておけるわけないよな、ふつう。
そんな訳で、1986年2月25日、マルコス独裁政権は崩壊したのである。
そして、ここでこれまた有名なアキノ大統領の登場だ。アメリカも、この新政権を承認し、1987年2月には新憲法も承認された。アキノさんは、こんにちのフィリピンの土台をつくったエライ人である。ちなみに、この人は女性だ。私は日本にも、アキノさんのような女性首相が誕生するよう切に願っている。(なんか、かっこいい改革なんぞをやってくれそうである)
そして1992年6月からはラモスさんという人が、そして現在はエストラーダさんという人が大統領として、アキノ精神を立派に受け継いでいる。
政府VS国民の、激しい暴動が何度となく繰り返されてきたフィリピンだが、現在はかなり安定している。この波にのって、経済も安定してくれればいいんだけどね・・・
>>GO! 初めてのフィリピン編
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